TACT/ FESTIVAL 2014「ハンスはハイリ~どっちもどっち?!」
ハンスはハイリ~世界が揺らぐとき、人は踊る~
乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)
あなたの部屋が、突然グルグルと回り出す…… 舞台の上では、そんなことも起こってしまう。
いまやヨーロッパのダンスはゲイジュツ的な面を追求するあまり、頭でっかちなものが増えてきた。ダンスよりも美術偏重で「ほとんど踊らないダンス公演」も珍しくない。しかし高い芸術性はそのままに、ダンスやサーカスなどの強い身体性を持ち込んだ舞台が登場してきた。それは「アート・サーカス」等と呼ばれ、おおいなるダンスの鉱脈となっているのである。
高い身体性も、ビックリ人間の離れ技ではなく、作品の深い表現のために生かされているのがポイントである。「動く身体の魅力と芸術的な満足感が、新しい次元で出会った舞台」…… この「ズィメルマン エ ド・ペロ」は、世界でも最も高い評価を得ているカンパニーのひとつである。
舞台上には窓・ドア・壁…… あらゆる所に四角い「フレーム」が登場する。それらは世界を堅固に構成している。しかし安定・安心して暮らしていたはずの世界が、まるごとひっくり返ってしまったら? それは本作最大の特徴である「回る4つの小部屋」として描かれる。突然、床は天井になり、机は棚に、ドアは落とし穴へと姿を変えてしまうのだ。登場するのは、少しばかりテンションがおかしな「普通の人達」。回る部屋で人々は転がり、しがみつきつつ、バランスをとって立とうとする…… その姿が、すでにしてダンスなのである。
世界が揺らぐとき、人は踊る。
その姿は必死であるがゆえ、滑稽にも映る。しかし地震や原発といった、様々な「非日常」を抱えながら毎日の「日常」を送る私たち日本人にとって、その姿は実にリアルで、シンと胸に迫るものだ。
しかし考えてみれば、誰の人生にも「足下が揺らぐような何か」は起こる。ときに部屋だって回りだすかもしれない。だったらそれを楽しんでしまうのもアリだろう。本作でも、ちゃっかり固定された椅子に座り、部屋と一緒に回っているヤツもいる。かと思えば回転する部屋そのものを飛び出して、外郭をグルグルと走り出すヤツもいる。世界がひっくり返って壁が天井になったところで、「どっちもどっち、大差ない(スイスの言い回しではタイトルである「Hans was Heiri」)」のである。
かつてフレッド・アステアはミュージカル映画『恋愛準決勝戦』において、回転する部屋の壁や天井で華麗に踊って見せた。アステアほどの天才ならざる我々は、あちこちに身体をぶつけたりもするだろう。しかし顔を上げて見てみれば、そこにはきっと楽しくてヘンテコなヤツらが、同じようにすっ転びながら笑っているに違いない。
この舞台をひとしきり楽しんだ後、あなたは世界と人を、いっそう愛おしく思うようになるはずだ。たとえどんなに歪んでいても、人は世界を愛さないではいられないのだから。